2008年6月 9日 (月)

「やすらぎ」八高線をゆく

 最近ではジョイフルトレインといえば電車か気動車で、客車のジョイフルトレインはすっかり少数派になってしまいました。それでも、今から10年位前は魅力的な客車ジョイフルトレインがたくさんあって、私も撮影をしていました。
 今日の懐かしい写真は、2001年3月末で引退したJR東日本高崎支社の「やすらぎ」です。引退直前に、八高線に入線した様子を撮影していました。この日の運用は、早朝高崎から高麗川まで入り、乗客を乗せて一旦高崎へ戻り、高崎線を大宮方面に向かって走るというコースでした。そこで、まず送り込み回送を明覚駅で撮影したのがこれ↓
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DD51 842+「やすらぎ」 2001年3月 明覚駅

このあと、高麗川で機回しし、再び高崎に向け出発しました。途中では走行シーンも撮影しました。
3f39
DD51 842+「やすらぎ」 2001年3月

平日にもかかわらず、多数の同好者が集まりました。この日の移動は車だったので、このあと高崎線に先回りしてEF65牽引の「やすらぎ」も撮影しました。
Fc72
EF65 1100+「やすらぎ」 2001年3月
本番に弱い私ですが、この日は現像した写真を見てまあ上手く撮影できてほっとしました。2000年前後は客車ジョイフルトレインが相次いで引退しており、振り返るとジョイフルトレインのターニングポイントだったようですね。

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2008年6月 3日 (火)

尾久駅2001年

 6月1日の当ブログで、尾久駅で撮影したE655系の写真をご紹介した際に、「数年前より障害物が増えたような気がする」と書きました。では、どんな風に変わったのか、2001年に撮影した写真を探して見つかりました。先日撮影した写真と並べてみると・・・
115
↑115系快速 2001年11月23日 尾久駅
Dsc_0481
↑E231系 2008年6月1日 尾久駅
左下に写っている電気関係と思われる機器箱とトラ模様の金属柵は変わっていませんでした。大きく変わったのは、ここを走る車両はもちろんですが左側の電柱です。これのあるなしでかなり印象が変わってきますね。

Ef81
北斗星4号 2001年11月23日 尾久駅
「遅れ エルムのスジ」というメモ書きが残ってました。何らかの理由で遅れていたようです。
制限100キロの標識も車体にかかってしまっていますが、電柱に比べればまだまだマシですね。

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2008年5月28日 (水)

甲種輸送列車

 主に車両工場で落成した新車を、使用する鉄道会社へ届ける"甲種輸送列車"。普段は走らないところを機関車に牽かれて走るのでとても興味深く、私もいくつか写真に残しています。今日はそのうち3枚の写真をご紹介します。

205
南武線用205系 1989年7月27日 鶴見駅
 このころ、205系は横浜線への集中投入が終わって、それまで101系や103系低窓車ばかりだった南武線に直接205系の新車を投入している頃でした。牽引機関車はEF65 115号機です。
 このあと、列車は新鶴見経由で品川まで運転されます。品川ではホームで機関車が切り離され、パンタグラフを上げて自力で入庫するのがこの頃の205系甲種輸送のパターンでした。

719
719系 1991年7月25日 港南台駅
 こちらは仙台地区で運転される719系。形は211系なのに、グリーンと赤い帯がとても新鮮に映りました。撮影する人が多く、一般利用者に、この車両について聞かれた記憶があります。

E3
秋田新幹線用E3系 1996年11月28日 14:15 大船駅
 開業を翌年に控えた秋田新幹線「こまち」用のE3系です。写真のとおり、落成時は5両編成で、乗客が多いので開業後に1両増結され今は6両編成となっています。

 これら甲種輸送列車は「鉄道ダイヤ情報」など情報誌に掲載されているので撮影はしやすいのですが、一度撮影してみたいのが、鉄道車両の道路輸送。日本通運のCMでもみられるように、N700系も機関車ではなくトラックに牽引されて道路を走っています。ただ、このような輸送の情報を事前につかむのは難しく、いまだ目撃できていません・・・。

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2008年5月20日 (火)

京浜東北線の線路工事

 5月18日は、京急蒲田の高架化、京王線での不発弾処理のほか、浦和駅でも工事が行われていました。そのため、京浜東北線は南浦和~北浦和間で運休し折返し運転をしていました。

 京浜東北線では、以前は赤羽駅でも工事が行われ、同じように区間運休したことがあるのでそのときの写真をご紹介します。写真は1996年ごろの撮影です。
Photo
京浜東北線品川行き 大井町駅
 今は懐かしい103系ですが、注目は「品川」行きの表示です。赤羽駅工事のため、東十条で折り返しとなるのですが、折り返し線の処理能力によるのか、一部電車は品川止まりで運転されました。京浜東北線での品川行きは普段の輸送障害でもめったに見られないかなりイレギュラーな運行です。
 品川到着後は上下線間にある引上げ線に入って折り返しました。

 運休区間は東十条~川口間だったので、川口行きが運転されましたが、川口では渡り線がないので南浦和~川口間で単線運転となり、一つの編成が同じ線路上を行ったり来たりしていました。写真は北行線路を逆送する川口行きです。
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京浜東北線川口行き 川口駅

浦和駅工事では今後も線路の移設があるので、まだこのような逆線走行が見られそうですね。

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2008年5月19日 (月)

1993年・不発弾撤去による運休

 先日、京王線沿線で発見された戦時中の不発弾撤去作業で、一時京王線がつつじが丘~調布間運休となりました。そのニュースを聞いて思い出したのが今日の記事のテーマです。

 10年以上前、保土ヶ谷付近で発見された不発弾撤去作業のため、東海道線は貨物線を迂回、横須賀線は横浜で折り返し運転となったことがありました。日時の記録はありませんでしたが、調べてみたら1993年2月14日のことだそうです。
 当時の私にはバレンタインデーなど関係なく(・・・今もです・・・)、この迂回列車を新川崎駅で撮影しています。
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東海道線799M 1993年2月14日 新川崎駅

 品川を出ると次は藤沢という、通勤快速も顔負けの長い距離をノンストップで迂回運行していました。普段湘南ライナーでしか乗ることができない区間を走るので、乗ってみたい衝動にかられましたが、当時高校生だった私にはそれだけで藤沢まで往復する交通費が気になり断念しました。

 一方の横須賀線は、横浜折り返しとなりました。
Photo
横須賀線横浜行き表示 1993年2月14日 新川崎駅

 横須賀線は、横浜駅の東京寄りにある普段は使わない渡り線をフルに活用して折返し運転をしていました。当然、いつもなら年末年始の終夜臨でなければ見られない横須賀線「横浜行き」表示も天日の下で見られました。

 あまり野次馬的に撮影に興じるのも気が引けるところですが、今後も機会があれば、「記録」と割り切って他の方に迷惑をかけないように撮影していければと思います。

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2008年5月17日 (土)

1994年博多駅

 昨日までの旅日記にちなんで、今日は九州の懐かしい写真を紹介します。私が初めて九州入りしたのは1994年の3月。春の青春18きっぷを使ってムーンライト九州で博多駅に着きました。そこで撮影したのがこの写真。
185
キハ185系特急「ゆふ」 1994年3月28日 博多駅

以上!!

 実は、このとき撮影したのはこれ一枚のみで、あとは"乗り鉄"に徹していました。これを撮影したあとは、鹿児島本線で原田まで行き、当時まだ残っていた50系客車による筑豊本線経由の門司港行き普通列車に乗ったり、香椎線、非電化だった篠栗線のキハ200系「赤い快速」など乗り回りました。
  今思えば、DD51の牽く客車列車など、もっと記録を残しておけばよかったなと思いますが後の祭り。今回、観光列車として乗ったキハ58も、この当時はまだそんなに珍しくもなく、見かけても特に関心を持ちませんでした。時の流れを感じてしまいます。

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2008年4月28日 (月)

中央線小仏峠/1997年秋

 先日紹介した中央線の小仏峠。圏央道のジャンクション建設などで変わりつつあるこの場所ではありますが、一方でのどかな山村の雰囲気を手軽に感じられるところでもあります。
 ただ、鉄道写真撮影をするにあたっては、以前撮影できた場所が今では不可能になったというところも少なくありません。今日紹介する写真も、今ではロープや門扉の設置により今では立ち入ることができなくなってしまいました。
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はまかいじ号 1997年ごろ 高尾~相模湖
昨日の記事でも書いた、鉄製の門扉ができてしまったポイントです。保線用のスペースがあるのですが、この当時は自由に入ることができました。

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あずさ号 1997年ごろ 高尾~相模湖
幕張電車区所属の国鉄色183系で、臨時あずさとして運転されていました。
この場所は小仏トンネルの相模湖側、上下線が離れる場所になります。後ろに林立するコンクリートの柱は中央自動車道の橋脚で、少し引くとこんな感じ↓になります。
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201系中央特快 1997年ごろ 高尾~相模湖
これはこれで、後ろの中央道もいいアクセントになっているでしょうか。この場所は全体的に東から西へ向かう高尾~相模湖間のなかで、南を向く短い区間なので午前の下り列車を順光で撮影できるポイントでした。ここは保線用の資材置き場のようで、現在はロープが張られ立ち入り禁止となっています。

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2008年4月22日 (火)

数年前の検測車

 先日はE491系「East i-E」の走行写真を紹介しましたが、それにちなんで今日は「East i-E」登場前のクモヤ193とマヤ34による検測車の写真をご紹介します。

 当ブログでは、京浜東北線での「East i-E」を大井町駅で撮影した写真を掲載していますが、これも同じ場所で撮影したものです。ただし、写っているのは電気検測車193系、2001年の撮影です。
193
2001年11月28日 大井町駅
ところで自分でもE491系の写真と見比べてみましたが、紙焼き写真をスキャンしたものよりも、やはりデジカメで撮影した画像のほうがきれいですね。高画質モードにはしているのですが、スキャナの性能にもよるのかな?

 続いてこちらは軌道検測車マヤ34。この日は東海道貨物線の検測で、東京貨物ターミナルを出発するところを撮影しました。
34
1996年10月22日 9:05 東京貨物ターミナル駅

 こちらは常磐線・千代田線直通用の203系ですが、鶯谷駅での撮影です。
20334
1996年11月29日 12:53 鶯谷駅
203系は普段上野には姿を見せませんが、マヤ34による検測のためにやってきました。編成の真ん中にこのように↓連結されています。
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地味な感じの検測車ですが、これらの車両が定期的に走行することで、列車の安全が保たれているわけですね。21世紀の検測車「East i」シリーズも、いろいろな線区で撮影をしていきたいと思っています。

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2008年4月18日 (金)

リバイバル塗装あれこれ

 最近、リバイバル塗装の鉄道車両が話題になっています。当ブログでも秩父鉄道1000系(元国鉄101系)箱根登山鉄道1000形(ベルニナ号)、そして京急創立110周年記念ラッピング列車について紹介しているほか、先日は山陽新幹線で0系車両のリバイバル塗装が一般のニュースでも取り上げられていました。

 こうしたリバイバル塗装、人によって意見の分かれるところだと思います。反対派は所詮は作り物、悪い言い方をすれば”客寄せパンダ”だという人もいるかもしれません。でも、私は結構こういう企画は気に入っていて、好んで撮影に行ってしまいます。

 実際に見たことがない、あるいは昔見た色が再び見ることができるのですから、懐かしくもあり、新鮮でもあります。なので、今年のゴールデンウィークには大糸線のキハ52の撮影にでも行こうかなと考えているところです。

 さて、このリバイバル塗装、なにも今に始まったことではなく、以前からいろいろな車両のリバイバルを見てきました。今日はその写真をご紹介します。

まずはこちら。常磐線の”赤電”415系です。
415
2001年ごろ 松戸駅にて撮影
電化40周年記念で旧塗装が復活したものです。運用などはわからなかったので偶然きた下り列車を後追いで撮影しました。

50002
1997年ごろ 神谷~岳南江尾
岳南鉄道で運用されていた元東急5000系(通称青ガエル)の引退が近づき、赤い岳南色から東急時代の緑色に復元されました。

Photo
2001年ごろ 撮影地不明
東急世田谷線の旧型車両引退前に、かつて渋谷~二子玉川園で走っていた「玉川線」塗装に戻して運行されていました。

今後も、いろいろなリバイバル企画に期待したいですね。

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2008年4月14日 (月)

10年くらい前の京急

 鉄道好きにも、JR派と私鉄派、私鉄派でも大手と中小など、いろいろなジャンルに分けられます。私はどちらかといえばJR派なのですが、東京南部に住んでいるため私鉄なら京成より京急、東武より東急になじみがあるので、当ブログでも取り上げる機会が多くなっています。(決して京成や東武が好きでないというわけではありません)

 今日は、京急の少し前の写真をご紹介します。撮影はだいたい8~12年くらい前になります。
600
1994年ごろ 品川~北品川
600形がデビューしてしばらくたった頃の撮影です。そういえば、600形は新製当初のワイパーカバーがこんな色をしていました 。

10002
1996年ごろ 京急川崎駅
この頃、まだ1000形(初代)は主力で、多くの優等列車にも使用されていました。急行灯を点灯させた姿がかっこいいですね。

700
2000年初夏 川崎大師~小島新田
700形引退のニュースを聞いて久しいですが、もちろんこの当時の大師線は700形ばかりでした。なぜここで撮影しようと思ったのかは忘れてしまいましたが、今となってはよい記録となっています。

ちなみに、700形を撮影した場所は、現在では工事のため鉄板により仮囲いがされているので撮影はできなくなってしまいました。

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2008年4月 8日 (火)

仙石線の国電カラー3色

 昨日一昨日の記事で秩父鉄道の国電リバイバルカラーを紹介しましたが、それで思い出したのが仙石線です。

 今から16年前の1992年夏、夏休みを利用して東北地方へ出かけてました。その日は仙台に宿泊。松島から仙石線で仙台に向かう途中、カナリヤイエローの103系とすれ違い、宮城野電車区にはオレンジがいました。当時の仙石線のラインカラーはスカイブルーだったので、オレンジやカナリヤの103系はとても目立ちます。そこで、駅撮りになりますがまだ地上時代の仙台駅でこれらの車両を待ってみました。それで撮影したのがこれらの写真です。

103
1992年7月31日 16時ごろ 仙台駅
武蔵野線からの転属のようで、所属表記は当時の豊田電車区をあらわす「東トタ」のままでした。

カナリヤ
103_2
1992年7月31日 17:40ごろ 仙台駅
こちらは南武線からの転属で、こちらも所属表記は「東ナハ」(中原電車区)のままでした。

103_3
1992年7月31日 仙台駅
こちらは仙石線ラインカラーのスカイブルーですが、仙石線に来た車両は助手席側にもワイパーをつけられます。この車両にはそれがないので、これも東京から転属してきたばかりなのでしょう。

当時の仙石線にはまだ非冷房車が残っていて、冷房化を急ぐためにしばらくはそのまま走らせていたようです。このあと、仙石線は仙台付近の地下化、あおば通駅の開業、そして205系への置き換えと、変化を遂げていくことになります。

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2008年4月 3日 (木)

都心で見られたディーゼルカー

 私が鉄道写真を撮り始めたときは、すでに都心に乗り入れる定期列車のディーゼルカーはありませんでした。当時は相模線がまだ非電化で、キハ30・35が走っていましたが、大船から先は遠距離という子供のイメージがあり、普段電車しか乗ることのできない当時の私にとって、ディーゼルカーというのは遠くに行かないと見ることができない、田舎へのあこがれの象徴のようなものでした。

 この写真は、1989年の大晦日の日、上野駅で撮影した臨時急行「奥久慈81号」磐城石川行きです。
Dc58
1989年12月31日 上野駅にて撮影

 このときはまだ、年末年始など乗客の増える時期には水郡線のキハ58がはるばる上野までやってきたのでした。全車自由席の5両編成で車内はかなりすいていました。今、この列車が走るとしたら沿線は撮影者でパニックになることでしょう。

 もう一つ、都内で撮影したディーゼルカーの写真を。これは、金沢からやってきたJR西日本の「ゴールデンエクスプレスアストル」です。
Dcasutoru
撮影日 1990年ごろ? 上野~尾久にて撮影

 上野駅から折り返して尾久の車両基地に引き上げるところを撮影しました。このように、1990年代初めごろまでは上野駅にはたまに臨時や団体でディーゼルカーがやってきましたが、 近年ではそれすらなくなってしまいました。キハ110などの新系列気動車の性能は電車に引けをとりませんが、新幹線網が発達し特急の充実した電化幹線をわざわざ長時間長距離走らせる理由もなく、今後都内にディーゼルカーが自走して来ることはもうないのでは・・・と思います。

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2008年3月26日 (水)

混色の京浜東北線

部屋を整理していたら、昔撮影した懐かしい写真がたくさんでてきました。その中には、今はもう撮影できない過去のものとなった列車や車両もたくさんあります。そこで、そのような写真を少しずつこちらで紹介していきます。

ただ、“懐かしい”という概念は世代や人によってそれぞれ、ネット上には私が生まれる前の写真を紹介している人もたくさんいます。私が鉄道写真を撮り始めたのは国鉄がJRになろうかという頃。そこで、そんな方々へ敬意を表して、こちらでは「ちょっと懐かしい」というカテゴリーをつけてみました。

1986年の夏、地元大井町駅南側にある歩道橋で東海道線や京浜東北線の写真撮影をしましたが、当時の写真はどこかにいってしまい、あったとしても所詮は小学生、ブレていたり、ぼけていたり、小さく写っていたりと、とても鑑賞に耐えるものではありません。そのなかで1枚だけ、ちゃんとアルバムに残しているまともに写った写真がありました。それがこれ。
103
1986年夏 大井町駅付近にて撮影

京浜東北線の南行電車ですが、一部にオレンジ色の車両があります。当時は車両の異動などで、このような混色編成が見られました。ここで撮影した写真は、なぜかこれだけが残っています。子供心に珍しいと思ったからでしょうか・・・。屋根上にはグロベンが並ぶ、冷房のない車両が珍しくない時代でした。

時は下って10年後の1996年、再びこの場所から撮影をしました。狙いは、横浜線経由で中央線へ向かう特急「はまかいじ」の回送列車です。
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1996年4月27日 大井町駅付近で撮影

この列車は田町電車区の185系を使用していますが、始発駅横浜への回送は、京浜東北線を経由していました。普段通勤電車しかこない京浜東北線に、回送とはいえ特急形電車が来るのですから、あえて京浜東北線区間で撮影をしたわけです。この日は運転開始初日なので、特別な装飾がありました。

今日紹介した2枚の写真、いずれも車両の引退や運転区間の変更などで今となっては見ることができなくなってしまいました。今後も、このような“そんなに昔じゃないけど、今は見ることができない”という写真を紹介していきたいと思います。

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