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2022年3月20日 (日)

JR・東武直通特急に乗る(2005年4月5日)

2005年3月18日、この日より、JR新宿と東武日光・鬼怒川温泉を結ぶ直通特急が運転を開始しました。かつては日光への観光客輸送でしのぎを削った両者ではありますが、時代は変わって両者の思惑が一致し、それぞれの特急車両が相互に乗り入れるようになりました。今回の記事は、運転開始から2週間余り経った4月5日にこの直通特急に乗ってきた乗車記をご紹介します。ただ乗るだけではつまらないので温泉に入って帰ってくるというプランです。

以下はすべて当時のままの文章です。


4月初めの水曜日、今日は平日だが休暇を取れたので、通勤のサラリーマンを横目に足取りも軽い。横須賀線の湘南新宿ラインを待っていては間に合わないので、品川経由で新宿まで行く。品川には、これから乗る「日光1号」の485系車両が停車していた。品川から出発して回送で始発の新宿に向かうようだ。そういえば、運転開始前の試運転では東武のスペーシアも品川まで来ていた。

これから山手線に乗る身としては、どうせなら品川から乗せてくれればいいのに・・・新幹線からも乗り換えられるし、京急を介した羽田空港からも・・・と思ったが、朝早くではそんな需要はないか。

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成田エクスプレスの後に入線
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新宿駅に入線した「日光1号」JR485系

 

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JRの車両に「東武日光」の行先表示
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JRの切符に印字された「東武日光」「スペーシア」の文字が目新しい。

山手線で先回りし、新宿ではドトールコーヒーでアメリカンコーヒーをテイクアウトしてホームで待つ。3番ホームには成田エクスプレス7号が発車を待っており、日光1号はその発車のあと、入れ替わるようにやってきた。朝のラッシュ時でホームは込み合っており、ドアが開いて指定の席に座るともう発車だ。

車内は東武乗り入れ用に改造されており、シートピッチがとても広く取られている。足を伸ばしてくつろげるが、窓割りと合っていない座席もある。幸いにも、指定された席は窓の間の柱にあたることなく景色を見ることができた。

新宿発車時は、乗客は数えるほど。最後部6号車は数名しか乗っていない。池袋で少し乗ってきたがまだ空席が目立つ。平日の朝、観光地へ向かう特急はこんなものか。湘南新宿ラインのコースをたどって東北本線へ。京浜東北線の車庫である浦和電車区は、朝ラッシュ時のため電車が出払っており、広々とした構内を見渡せる。すれ違う上り列車はどれも満員、優越感に浸れるひと時である。

JR線内最後の停車駅となる大宮には宇都宮行きと同時入線。同じ線路に向かうわけだが、もちろん特急であるこちらが先に発車。東北本線内は結構スピードを出す。沿線にはところどころで桜を見ることができてきれいだが、ちょっと雲行きがあやしいのが気になるところ。

大宮を発車して約20分、東武線との接続駅、栗橋には8時ごろに到着。ここでは新設された接続用の線路に入り、一旦停車。JRの乗務員から東武鉄道の乗務員に交代する。2分ほどの停車でいよいよ東武線に入る。発車後すぐに一時停電。これはJRと東武がそれぞれ供給している電力を分けているために、そのつなぎ目に架線の電気が流れていない区間(デッドセクション)があるためだ。セクションを徐行で通過し、再び電源が入るとまた加速する。

東武線最初の停車駅は栃木。JR両毛線の駅でもあるため、時刻表や停車駅の案内では「(東武)栃木」というように表示されている。ここで停車中に車内放送があり、今日は朝に蒲生駅で発生した人身事故のためにしばらく停車するとのこと。10分遅れで栃木を発車した。

栃木を出るとすれ違う電車も少なくなり、ローカル線の雰囲気がただよう。通過する駅には、古びた木造の駅舎が残っている駅が多く、機会があれば各駅停車で途中下車してみたいと思う。

下今市に停車し、遅れを持ち越したまま終点の東武日光に到着。平日だというのに、駅員や観光協会の職員と思われる人がチラシや土産のせんべいの試食を配っていた。

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栗橋でのデッドセクションで一時停電中
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東武日光駅に到着

さて、このあと一旦改札を出てから入りなおし、上りの普通列車で下今市まで戻る。下今市では、鬼怒川温泉行きの特急に乗り、そこから接続する「AIZUマウントエクスプレス」に乗ることにしている。下今市で特急券を買おうと窓口に行くと、特急は遅れているので、停車中の普通列車に乗ってくださいとのこと。ホームには会津田島行きの普通列車が停車しており、これまた遅れている日光行き特急の接続を受けて発車した。30分ほど遅れているそうだ。

さて、せっかく出かけてきたのに特急で往復するだけではつまらない。そこで、これからの予定は、鬼怒川温泉で「AIZUマウントエクスプレス」に乗り換え、会津高原尾瀬口まで乗車。駅近くの温泉に入ったあと、上り列車で上三依塩原温泉口に行き、そばを食べて、上りの「AIZUマウントエクスプレス」に乗ることにしている。しかし、この遅れている会津田島行きだと、「AIZUマウントエクスプレス」の発車時刻には間に合わない。ちょっと気になったが、鬼怒川温泉では隣の線路に、「AIZUマウントエクスプレス」が停まっていた。おそらくはこのあとにくる浅草からの特急を待っているんだろう。無事に乗り換えることができた。

「AIZUマウントエクスプレス」は2両編成。会津鉄道が所有するディーゼル特急型車両で、野岩鉄道と、短い区間だが東武鉄道にも乗り入れている。この車両は、もともと名古屋鉄道(名鉄)の車両で、JR乗り入れ用の特急車両として登場したが、特急の廃止により、会津鉄道にやってきた。会津鉄道に来ても、土休日には磐越西線の喜多方まで乗り入れるのでJR乗り入れの役割は変わっていない。会津鉄道では全車自由席の快速列車として運転されており、特急料金が要らないのがうれしい。

浅草からの特急の接続を受け、「AIZUマウントエクスプレス」は約25分遅れの10時23分に発車。東武線内はカーブが多く、ゆっくりと走る。車窓からは鬼怒川温泉の旅館街が目に入るが、不景気のあおりか、閉鎖された旅館が目立ってわびしさが漂う。中には廃墟と化した建物もあって、このままでは鬼怒川温泉のイメージが下がってしまうだろうと心配する。

新藤原からは第三セクターの野岩鉄道に乗り入れ。昭和末期に開通した割と新しい路線でスピードも上がる。新藤原発車後は早速車内改札があり、切符を見せると、「遅れてすみません、11時10分ごろに着きます」と教えてくれた。言い回しは少し違ったかもしれないが、とても好感が持てる。

トンネルを抜けるたびに沿線には残雪が多くなっていき、まだまだ春は遠そうだ。会津高原尾瀬口で下車。野岩鉄道と会津鉄道の接続駅だが、車両は直通し、途中駅のよう。降りる人も、自分の他に一人だけだった。この駅は、JR・東武直通特急運転開始のダイヤ改正の日に「会津高原」から駅名を改称している。その前の国鉄会津線時代には、昭和61年まで「会津滝ノ原」駅だった時代もあり、2度目の駅名変更である。

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会津高原尾瀬口に着いた
「AIZUマウントエクスプレス」
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駅付近の民宿で、日帰り温泉利用する
源泉かけ流しが気持ちよい

駅員に切符を渡すときも、「本日は遅れまして申し訳ありません」と、丁寧に話される。遅れの原因に関しては、野岩鉄道や会津鉄道は関係ないのだが、相互乗り入れをしている鉄道全体のことと捕らえ、先ほどの車掌といいお客さんを大切にするという姿勢が伝わってくる。

ここはもう福島県。こじんまりとした駅舎には自動券売機などというものはなく、なんだか遠くに来てしまったような感覚になる。これでも、東京(浅草)への直通電車もある-それどころか、日中はほとんどが浅草行き-のだが、駅の周りは山奥の田舎といった雰囲気だ。

ここでは、あらかじめ調べておいた日帰り入浴のできる民宿「夢の湯」へと向かう。雨が降る中、駅前にかかる橋で川を渡り、突き当たりの国道を左に曲がる。この国道は会津たかつえスキー場に行くときに通った道路だ。交通量は非常に少なく、すぐに目的の民宿に着いた。

玄関を開けるとすぐにフロントがあり、ここで入浴料を支払う。他に客はいないらしく、館内はひっそりとしている。温泉は露天風呂があるもののしばらく中止のようで残念だが、内風呂も窓が大きく外を見ながらのんびりと浸かることができる。ちょうど電車が会津田島に向かって走っていく様子が風呂から見られた。

湯船に出たり入ったりして30分ぐらいのんびり過ごしているとお腹が減ってきた。ちょうどお昼時でもあるが、このあとはそばを食べることにしている。しかし、次の電車まで時間があるし、それまで待てそうにない。そこで、駅前にある「憩いの家」というお土産屋にある食堂で天ぷらうどんを食べる。麺類なら消化が早いし、そばなら多少お腹が減っていなくても食べられるだろう。あったかいうどんは体がとても温まり、温泉に入ってきたばかりなので汗をかいてしまう。

駅に戻って、次は上三依塩原温泉口まで。鬼怒川温泉方面の電車は時刻どおりにやってきた。来たときもそうだったが、なぜか会津高原尾瀬口駅は右側通行。そして二駅目の上三依塩原温泉口で降りる。この駅も会津高原尾瀬口と同じく「上三依塩原」から改称された。塩原温泉というと、那須塩原からバスというイメージがあるが、この駅からバスに乗っても20分くらいで着いてしまう。

さて、この駅で降りたのは、近くにおいしいそば屋があるとのことだったが、事前情報では冬季休業らしい。それでも、なにか他に店はあるだろうと思って降りてみた。しかし、駅前にはそば屋どころか商店すら見えない。人気もないのだ。少し歩いてみたが、雨が降っておりあまり遠くへ行くのも面倒だ。仕方なく次の電車まで駅で待つ。切符を買ってホームで待っていたが、あまりに寒いのでストーブのある待合室で暖をとった。本来の予定では14時29分発の「AIZUマウントエクスプレス」に乗ることにしていたが、1本早い普通列車に乗って帰りの特急の始発である鬼怒川温泉に向かうことにした。

2両編成の列車はこれも浅草行き。時間通りに発車したが、途中の川治温泉で、行き違いとなる下り列車が遅れているため、到着を待つことに。しかし、いくら待っても下り列車はやってこない。長くなるならその先の駅まで進めないかと思うが、結局30分くらい遅れて下りが到着。新藤原では手際よく2両連結して、4両編成で鬼怒川温泉に到着。

この時点で、新宿行き特急「スペーシアきぬがわ6号」の発車時刻は過ぎているが、ホームの反対側で待っていた。この列車は、時刻表ではこのあとに来る「AIZUマウントエクスプレス」と接続することになっているため、その列車が来るのを待っているのかと思ったら、15時22分ごろ、接続をとらずに20分遅れで発車した。乗り入れの都合上、あまりJRに遅れを持ち込めないと判断したのだろうか。当初の予定通りの行動をとっていたら「スペーシアきぬがわ」には乗れなかったところだった。

鬼怒川公園を発車後、次の小佐越で早くも行き違いのため停車。下り列車はJR485系の「きぬがわ5号」だった。その後新高徳でも「スペーシア」2本と行き違い。かなりダイヤが乱れているようだ。下今市からは複線になるので、行き違い停車はなくなるが、先行列車があるのか、あまりスピードが出ない。どこかの駅で普通列車を追い越してから、ようやく特急らしい走りになった。

この列車は、時間帯がいいのか朝の下りに比べて乗車率がよく、早くも定着しつつあるようだ。行きと同様、東武線内は新鹿沼と栃木に停車し、栗橋からJRに入る。車内放送では、栗橋からJRに入りその際一時停電すると話していたのに、いざ停電すると不思議そうに思う声が聞こえてきた。栗橋のJRホームには上りの湘南新宿ラインが停車しており、スペーシアの発車を待っているようだ。JR線内は遅れを取り戻すかのようにスピードを上げ、大宮には15分遅れで到着。しかし池袋の手前でしばらく信号停車し、終点の新宿には22分遅れの17時41分に着いた。

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スペーシアの新宿行き
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新宿駅で埼京線205系と並ぶスペーシア

新宿駅でのスペーシアはまだ違和感を感じる。でも、きっと東京駅での伊豆急「リゾート21」がもう珍しくないように、だんだんと見慣れてくるのだろう。このあとスペーシアはまた鬼怒川温泉へと向かうのだが、遅れているためすでに折り返しの発車時刻は過ぎている。こちらも、20分遅れで発車するそうだ。夕方のラッシュでホームのやりくりも厳しいことだろう。帰りの通勤客の人ごみを避けるように、湘南新宿ラインで家に帰った。


運転開始から17年、JRの車両は485系から253系にかわり、東武100系も後継となるN100系の登場が予定されています。今後の変化が気になる列車ですね。

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2022年1月23日 (日)

ありがとう日本の翼 YS-11搭乗記(2006年2月18日)

小学生のころからの鉄道ファンだった私ですが、以前は航空機のことはさっぱり興味がなく、知識もありませんでした。そんな私が航空機に興味を持つきっかけとなったのが日本初の国産旅客機「YS-11」でした。2006年にYS-11が日本の航空会社から引退する前に、駆け込み的に乗ることができました。今回は、当時のYS-11搭乗記をご紹介します。

以下はすべて当時のままの文章です。


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日本初の国産旅客機「YS-11」。1962年(昭和37年)に第一号機の初飛行以来、機体を丈夫に設計してあるため40年以上に渡って日本の空を飛び続けてきた。1962年といえば、東海道新幹線が開通する2年前、在来の東海道線は151系「こだま」が東京と大阪の間を結び、蒸気機関車が幅を利かせていた時代。

 
YS-11に関しては、いままでさまざまなメディアに取り上げられていた。最近ではNHKの「プロジェクトX」でも2回に渡って放送された他、設計や製造に関わった人が書いた本を読んだり、ドキュメンタリーの番組を見たりしているうちに、特に航空機ファンではない私でもYS-11に関しては親しみを深めていった。

そのうちに、ぜひ一度YS-11に乗ってみたい、そう思うようになったがあまり航空機に関する知識は持ち合わせてなく、なかなか行動に移せなかった。21世紀になってもしばらくは羽田~大島線に就航していたほか、大阪~徳島など割と利用しやすい路線でも使用されていたが、地方空港のジェット化や代替新型機の登場により徐々にその数を減らし、衝突防止装置の設置が義務付けられるのをきっかけに2006年には日本の空から引退することが決定した。

YS-11に乗るなら今しかない!ということで、現在就航中のYS-11のフライトを調べてみると、福岡~徳島・高知・鹿児島の路線が利用しやすい。利用するならバーゲンフェア航空券の利用期間の土日がいい。しかし、やはり注目を浴びているのか、YS-11で運行する便だけ早々と満席になってしまう。そのなかで土曜の昼に鹿児島から福岡に行く便に空席があり、予約することができた。

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昼前の鹿児島空港。展望デッキに行ってみると、少し離れた駐機場にお目当てのYS-11が2機停まっていた。保存機でない、生きたYS-11を実際に見るのは初めてだ。いや、実際にはどこかで見たことがあるかもしれない。しかし、YS-11であることを知って見るのは少なくとも今日が初めてだ。

ちょうど12時ごろ、搭乗口となるゲートにランプバスが到着し、改札を通ってバスに案内される。駐機場には3機のYS11が停まっており、YS11最後の砦といった雰囲気だ。
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ところで、バスの運転手には案内すべき飛行機の連絡がうまく伝わっていなかったらしく、機体整備の係員に「福岡行きはこれですか?」と聞いていた。

今日の福岡行きJAC3648便は登録番号JA8768で運行。この機体は、1970年(昭和45年)に初飛行し、インドネシアの航空会社に引き渡されたが、1978年(昭和53年)に東亜国内航空(その後の日本エアシステム、現在は日本航空に統合)に移籍し日本に帰ってくるという経歴を持つ。
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バスを降り、飛行機に乗る前に写真撮影。一眼レフのカメラを持った航空ファンもいてさながら撮影会のよう。YS11の引退を知ってか知らずか、一般の乗客も携帯電話のカメラで写真に撮ったりしていた。
Img_08281今回搭乗した福岡行きJAC3648便 機体番号はJA8768

Img_08271隣にいたのはJA8717

一通りの撮影を終えて機内に乗り込む。指定された席は4A。この席は、プロペラの動きと地上の景色どちらも見ることができるという情報をインターネットで調べ、この席を選んでおいた。

Img_08361YS-11バージョンの”安全のしおり”で描かれているのは、YS-11では実在しないJAL塗装

席に座ると、まず窓の低さに驚く。普通の姿勢では目線は窓の上にあり、そのままでは景色やプロペラは見えない。そこで、少し屈むか着座位置を前にずらして頭の位置を下げるかしなければならない。

 機内は2+2で中央に通路がある4列シート。しかも頭上には荷棚があるのだからまるで在来線特急にでも乗っているよう。ただし、安全のため荷棚には荷物を載せることはできない。機内持ち込みの荷物は前の座席の下に置くことになる。
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出発時間になり、タラップが自動で格納され、まず右側のエンジンから始動。プロペラの回転が安定したのを確認したように間をおいてから、左側のエンジンも始動。エンジンの真横の席なので、ジェット機とは違うエンジン音や振動を肌で感じることができる。

離陸の準備も整って、滑走路に向けて地上走行。そして一時停止してからエンジン出力を上げてテイクオフ。ジェット機のように加速時に座席に押さえつけられるようなことなく、ふわりと浮く感じで離陸した。
Img_08371時代を感じさせる座席上のスイッチ 真ん中の赤いボタンは、「スチュワデス呼び出し」

鹿児島といえば桜島、空から桜島が見えることを期待したが、方角が違うのか、見えるのは山ばかり。しばらくすると海が見え、八代海に浮かぶ大小さまざまな島を見下ろす。
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島と島には橋がかけられているものもあり、それらを一つずつドライブするのも楽しいなと思う。

さらに進むと、雲仙普賢岳が見えてきた。
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1991年の大噴火は記憶に新しいが、空からだと流れ出た火砕流の爪あとが15年たった今でもはっきりと残っているのが確認できた。

福岡県上空に入り、地上は街並みが見えることが多くなった。自分の知っている街ならもっと楽しめるだろう。いまさらながら、羽田からYS11に乗って見たかったと思う。

特徴的な川の真ん中にぽつんと赤い橋が見えたので写真を撮っておいた。
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これはあとで調べたことだが、この橋は廃線になった旧国鉄佐賀線の筑後川橋梁で、橋の真ん中が切れているのは船の通行のために通行部分が上下する昇開橋なのだそうだ。現在では遊歩道として整備されており、橋も上下するそうなのでぜひ一度行ってみたい。

1時間足らずのフライトで、福岡空港が近づいてきた。いったん玄界灘に出てUターンするように戻ってから福岡空港に進入する。その間も、福岡市内の街並みが手に取るように見ることができた。こうしてみると、福岡空港はよくこんな市街地の真ん中に作ることができたなと思う。
着陸時に多少揺れたものの、予想していたほどのひどい揺れはなく福岡空港に着陸した。そしてターミナル端に誘導されエンジンストップ。プロペラの回転が完全に止まってからタラップが展開され、降機となった。
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到着したばかりの機体には早速折り返し整備のためスタッフが機体を取り囲んでいる。YS11に乗るのはこれが最初で最後になるかもしれない。後ろ髪を引かれる思いで機を後にした。

40年以上にわたり日本の空を飛び続けてきたYS11。目前に迫った引退の一方で、丈夫で使いやすいと評判で海外のエアラインではいまだに主力として飛び続けている機体も数多くあるそうだ。最後の一機が世界中の空から引退するまで、無事故で安全なフライトを続けてほしいと願う。


日本の民間航空会社によるYS-11の運航は2006年に終了しましたが、その後も航空自衛隊・海上自衛隊ではYS-11の運航が継続されました。このことから、今度は軍用機にも興味を持ち始め、今に至ります。

2022年の今、航空自衛隊にわずかに残るYS-11はエンジンが換装されたいわゆる「スーパーYS」で、オリジナルのエンジンを積んだYS-11は飛行点検隊のYS-11FCが2021年に引退して消滅しました。このスーパーYS、鉄道に例えるならば、キハ58に搭載されたDMH-17エンジンをカミンズエンジンに交換するようなものでしょうか。

もっと早く航空機に興味をもっていたらYSにもたくさん乗れたのにと思いますがそれは結果論。興味の対象が広がっていく中で、最後の活躍をするYSに一度だけでも乗れたのは幸運だったかもしれません。

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2021年6月 5日 (土)

「サフィール踊り子」グリーン個室に乗る

2020年に運転開始したE261系「サフィール踊り子」、かねてからグリーン個室に乗ってみたいと思っていましたが、4人用・6人用合わせて1編成に8部屋しかないため予約が取りづらくなっています。直近の予定の空いてる週末の予約を試みてみましたがことごとく満席(満室)。これは1か月前の発売日に購入するしかないかなと、計画を練っていました。
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乗車日1か月前の指定券発売日は、私は仕事で窓口に行けなかったので、たまたま当日休みだった嫁さんに記入済みの指定券申込書を渡して、10時前にみどりの窓口に行ってもらいました。窓口には10分くらい前に着いたようで、係の人は時計をみながらタイミングをはかっていわゆる”10時打ち”をしていただけたそうです。おかげで、無事4人用のグリーン個室の指定席特急券を入手できました。

乗車列車は東京駅11時ちょうど発のサフィール踊り子1号。車内で食べる昼食のお弁当を購入してホームに行くと、ちょうど入線してきたところでした。

今回は3号車の4人用個室を3人家族で利用します。ソファーのような座席に大きいテーブル、鉄道が好きでなくてもテンションあがりますね。天窓もあって明るい雰囲気です。
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東京駅発車時点では空席や空室が見られましたが、品川・横浜の停車でほぼ満席となりました。そういえば、先代のスーパービュー踊り子号は一部列車を除いて品川駅は通過していたかと思いましたが、今は品川を通るすべての踊り子号が品川に停車するようになっています。発車から1時間ほどしてから個室だけ車内改札。個室以外の座席は車内改札省略です。

昼食は東京駅で買った「まい泉」のヒレかつ弁当。
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本当は隣の4号車にあるカフェテリアのパスタをデリバリーしてもらうことにしていたのですが、コロナ禍により営業休止になってしまったのは残念。

小田原を過ぎて海が見える区間になりました。個室内からも大きな窓で海を眺められます。
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ちょっとテーブル上が散らかってますが・・・。

コンセントやWi-Fiもあるので、電池や通信料を気にせずスマートフォンも使えます。スマホを見たり、ニンテンドーswitchで遊んだり、思い思いに過ごして伊豆急下田に着きました。

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快適な個室の旅を楽しめました。ただ、運転開始に注目を集めたカフェテリアを利用できなかったのはやはり残念。機を改めて、また乗ってみたい列車です。

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2020年11月22日 (日)

引退へのカウントダウンが始まった185系に乗る

11月12日、JR東日本のプレスリリースで「踊り子」等に使用されている185系が来年3月に引退し、E257系に置き換えとなることが発表されました。この発表よりも前から、Gotoキャンペーンを利用して伊豆旅行を計画しており、行きは185系踊り子号に乗ることにしていましたので、今回図らずも国鉄型特急車両の最後の走りを楽しめることとなりました。

185系の特徴と言えば、特急型なのに開けることのできる窓。
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しっかりと換気もされているので窓を開けている人はいませんでしたが、コロナ禍でもあるので少しだけ窓をあけてみました。今や鉄道車両の窓は上から片手で開けることのできるタイプが多い中で、窓の角下についている金具を押さえて両手で持ち上げないと開けられない窓もすっかり希少な存在となりました。

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カーブの区間で、開けた窓から少しだけスマートフォンのレンズを出して編成を撮ってみました。

途中の南伊東では上りの踊り子と列車交換。
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あちら側はトップナンバーの編成でした。

伊豆急下田に着いた185系踊り子。
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今回は家族旅行なので記念写真しか撮っていませんが、もうすぐこの絵入りのトレインマークも見納めとなります。

思えば、一時期塗装が変更されたことがあったものの、絵入りマークと言い、特急シンボルマークと言い、JRマーク以外は登場時の外観が保たれているんですね。引退の時まで、今後もあまり密にならないように撮影していきたいと思います。

 

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2020年9月22日 (火)

全長15メートルの「メガライナー」乗車記(2005年7月10日)

東京駅と茨城県のつくば市を結ぶ交通機関として、2005年につくばエクスプレスが開業するまでは高速バス「つくば号」がメインの路線でした。乗客増に対して増便で対応していましたが、2002年より全長15メートルの特別仕様のバスが導入され、「メガライナー」として運行されました。
今回は、2005年に乗車したメガライナーの乗車記です。本文中に記載の時刻や料金などは、すべて2005年当時のもので現在とは異なります。


東京駅とつくばセンターを結ぶ高速バス「つくば号」は早朝から深夜まで、10~20分間隔で運転するドル箱路線だ。その人気ゆえ、乗り切れず次のバスを待つことになることもあるほどだが、その改善策として平成14年に登場したのがこの「メガライナー」。通常のバスは最大の長さが12メートルと法律で定められているが、特認により15メートルのバスが運行されている。

このメガライナーに乗ってつくばまで行ってみた。

東京駅八重洲南口の高速バス乗り場には名古屋、河口湖、房総半島方面など、いろいろな行き先の高速バスが次々と発車している。自動券売機でつくばセンターまでの乗車券を買い、バス乗り場に並ぶ。
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発車の10分ぐらい前に乗り場に到着。最初に見た印象はやはり「長い!」。隣に止まっている都営バスがとても小さく見える。乗務員に切符を手渡し、前の人に続いて2階席へ。4番目くらいに並んでいたが2階席の助手席側1番前の座席が空いていたので運良く座ることができた。

12時ちょうどに発車。普通の高速バスなら駅前から正面にのびる八重洲通りを走り、東京駅から500メートルくらいのところにある宝町インターチェンジから首都高速に入る。しかし、宝町インターは入り口が急カーブになっていてメガライナーは曲がることができないため迂回して呉服橋インターから首都高に入った。
メガライナーはこの他にも、その長さゆえの制限事項があり、運行できる道路が特定されている。ということは、事故などで通行止めになった場合、他の道路へ迂回運転をすることができないなど不便なところもあるようだ。車内にはそのことを知らせる案内が掲示されている。
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メガライナーは呉服橋インターのETCレーンを通過し、首都高速へ。
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日曜で車の流れは順調だ。いつも混雑する箱崎ジャンクションも難なく通過し向島線に入る。
 この路線はたまに自分でも運転することがあるが、カーブが多く道路の幅も狭いため、ゆっくり景色を見ることができない。今日は2階席からゆっくりと隅田川の景色をみながらの快適なドライブを楽しめる。たまには高速バスの旅もいいものだ。
 これほどの大型バスで、しかも最新型とくればさぞ乗り心地もいいだろうと思うかもしれない。しかし意外とそうではなく、よく揺れるのだ。とくに道路の継ぎ目などでは体も動いてしまうくらいに揺れる。特殊な車両のためなのだろうか。大量に人は運べても、夜行バスには適さないと思う。

小菅ジャンクションから三郷線に、そして三郷から常磐自動車道に入る。
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一部の区間では来月開業するつくばエクスプレスの線路と並走する。すでに本格的な試運転が始まっているはずだが、バスの車内からは見ることができなかった。
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東京駅から50分、桜土浦インターで高速を降り一般道を走る。
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一般道はやや混雑気味でメガライナーも窮屈そうに走る。交差点で曲がるときはぎりぎりまで前に出てからハンドルを切る。信号待ちの車が停止線を越えていたら曲がれないだろう。
 途中の停留所で少しずつ乗客を降ろしながら、終点のつくばセンターには13時10分に到着。
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つくばセンターで待機中のメガライナー。路面に表示された普通のバスの停止枠を大きくはみ出している。

メガライナーの定員は84名。普通の高速バスは42名だから倍の人を乗せることができるのだ。
走行できる道路が特定されたり、迂回運行ができないなど、制約となることが多いが、今後の活躍範囲の拡大に期待したい。


冒頭に記載の通り、メガライナーは「つくばエクスプレス」開業の影響により、2006年につくば号から引退。その後、夜行バスとして東京~大阪間で運行されていましたが、4台中2台を車両火災で焼失するという事故により2009年には運行を終了しました。

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2020年3月 9日 (月)

ことでんレトロ電車に乗る

高松から撮影しながら移動してきた琴平線ですが、綾川から乗った列車で終点の琴電琴平までやってきました。ホームにはレトロ電車がドアを開けたまま停車しており、車内を飲食や休憩のためのスペースとして開放しているので、客室や運転室などの様子をじっくりと観察することができます。
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120号車内に掲示されていた「近代化産業遺産」のプレート。その上には、製造銘板があります。小さくて見にくいですが、右から左書きで「汽車製造株式會社 大正十五年十月 東京支店製造」とあります。

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今回の3両のうちもっとも古い車両となる23号。行先表示の「仏生山」の仏の字が旧字体なのもいいですねぇ。

改札を出たところでは、お弁当やことでんグッズなどが販売されていてにぎわっています。駅の外にはホームと並行する公道があり、フェンス越しにはなりますが台車など外回りも観察できます。
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上りのレトロ電車は琴電琴平を13時19分に発車します。改札口にはレトロ電車に乗りたい人が列を作っており、発車約20分前の13時頃に改札が始まりました。前のほうに並んでいた私は3両のうちどの車両に乗ろうか迷いましたが、一番古くて今年の5月には引退してしまう23号に乗りました。本来であれば、途中駅で車両を移動して乗り比べてみたいものですが、混雑する中でせっかく座席を確保できたので、そのまま乗り続けます。

私と同様に考える人も多いようで、他の車両は見ていないのでわかりませんが23号は立客も多く、先頭車両となるため、運転室の後ろのスペースは人垣となっていました。
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日よけの枠も木製です。

発車すれば懐かしい釣り掛け駆動の走行音。旧型電車の一番の魅力と言っても過言ではないでしょう。仏生山までの1時間弱、しっかりと楽しんできました。

仏生山に到着したレトロ電車。
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このあと、琴平寄りにある留置線に引き上げます。
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今日の仕事を終えて休むレトロ電車の編成。

次に釣り掛け駆動の走行音を聞けるのはいつになるだろう・・・もしかしたら、これが最後になるかも?ぜひまた乗りたいと思いつつ、そう簡単に来ることができない距離に、後ろ髪を引かれる思いでレトロ電車を見送りました。

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2020年1月25日 (土)

251系使用のおはようライナーで、”エクストリーム出社”

3月のダイヤ改正で引退が決まり、注目を集めている「スーパービュー踊り子」用の251系。私も普通車の展望席を含め、何度か乗ったことがありますが、グリーン車は乗ったことがありませんでした。この機会に、スーパービュー踊り子のグリーン車で伊豆へ行くことを考えてみましたが、どうせグリーン車で伊豆に行くなら新型の「サフィール踊り子」の個室で家族旅行に行ってみたいと思い、この計画は見合わせ。代わりに、251系を使用する「おはようライナー新宿」のグリーン車に乗ってみることにしました。

「おはようライナー新宿」は快速列車の扱いなので、普通席はライナー券がいるものの、グリーン車は普通列車用グリーン券で乗ることができます。新宿までのグリーン料金は平日料金で51キロ以上1000円となりますが、普通席のライナー券は520円かかるため、実質480円でライナーのグリーン車に乗れることになります。

251系で運転されるおはようライナー新宿は小田原7時41分発の26号。これに乗るために、早朝5時起きで小田原に向かいます。南武線沿線に住んでいるので、登戸まで出て小田急で小田原へ。雨が降ってきて、車輪の空転する不自然なモーター音が聞こえたりしたものの定刻に小田原に到着。改札を出るともうすぐ7時。ちょうどオープンした小田急グループの「箱根そば」で朝食をとってからJRへ。

券売機でグリーン券を購入して上りホームに行くと先行の215系湘南ライナー8号が停車中。8号の発車後、下りホームには185系の回送がいました。
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今日はデジタル一眼レフカメラは持ってこなかったので、スマートフォンでの撮影ですが、185系もしっかり記録しておきたいものですね。

さて、これから乗る26号は8号の発車後に同じホームに入線してくると思い込んでいましたが、誰も並んでいる人がいません。もしやと思って案内表示を見てみたら、下りホームからの発車でした。改めてグリーン車の乗り場に行ってみると、先に5人くらい並んでいますが私は展望席を狙っているわけではないので余裕で乗れそうです。やはり引退まで2か月ということで、通勤客に交じって乗り納めの鉄道ファンの姿が目立ちます。普通車は当日券はすでに完売とのこと。
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ホームへの入線は発車の15分くらい前でしょうか。国府津方面から回送表示で入線し、幕回しを見せてくれたあと8分くらい前でドアオープン。
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この日は2次車のRE-4編成でした。

小雨の降る中、7時41分に発車。小田原発車時点ではグリーン車は余裕があります。バブル全盛期に登場した車両の特徴でもある2+1配置のグリーン席でゆったりとくつろげます。ただ、車内が少し肌寒いような・・・。
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並走する東海道線の普通列車を追い越しながら貨物線を走行し、茅ケ崎と藤沢の停車で見た目9割以上の乗車率に。ただ、まだ少しの空席が見られます。引退間近の特需を考慮すると、普段はもう少し空いているんでしょうか。

藤沢を出ると次は渋谷。この間、通常の列車は通らない区間を走行しますが、ほとんどの区間はトンネル。横浜羽沢貨物駅の先は、昨年11月に開通した相鉄直通列車の経路として注目を集めた区間になります。
 

新鶴見では、これも3月の改正で廃止される石炭列車の返空列車がいました。
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このあたり朝のラッシュ時ということもあり、列車密度が非常に濃く、すれ違う列車が多いのはもちろんですが、武蔵小杉の手前では成田エクスプレスと並走しました。線路はこの先で合流するので、どちらかが譲らなくてはなりません。どちらも特急車両を使用していますが、列車の格としては特急である成田エクスプレスのほうが上なので、あちらを先に通すのかと思いきや、待たせてこちらが先行します。多少ダイヤが乱れているようで、通常ではもっとスムーズに合流するのでしょう。

 西大井を通過後、湘南新宿ラインの経路で山手貨物線に入り、E235系で統一された山手線を横目にラストスパート。渋谷に止まって終点の新宿へ。到着前に2号車の暖房の効きが悪かったとのお詫びの放送がありました。やはり肌寒いのはエアコンの調子が悪かったからなんですね。一般家庭のエアコンなら、フィルターを清掃すると直ったりすることもありますが、鉄道車両の場合はどうなんでしょうか?

ともあれ、引退直前の駆け込み的ではありますが251系のグリーン車に乗ることができました。そうそう、記事のタイトルはエクストリーム出社とありますが、実はこの列車に乗っていたのでは出勤時間に間に合わないので、平日休みを使っての体験乗車でした。1時間早ければ出勤時間にも間に合いますが、そうするとさらに早起きしなくてはならず、眠くてグリーン車でくつろぐ時間もなさそうですね・・・。

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2018年1月27日 (土)

しなの鉄道のリバイバルカラー115系

松本電鉄の乗車と撮影後に松本駅に戻り、特急「しなの」で長野に到着しました。長野では次の列車の合間に115系を撮影します。

関東エリアでは風前の灯火となった115系ですが、ここしなの鉄道では主力車両として走っています。そして、国鉄やJRの過去の塗装を再現したリバイバル編成が登場しました。これらの編成は運用が公表されており、自分の長野駅滞在中にも2本の編成を撮影できました。

まず1本目は、JR発足後の数年間だけ見られた初代信州色。

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もう1本は、各地で見られた湘南色。
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東北線や高崎線などで、何度も乗ったことのある見慣れた塗装のはずですが、いつの間にかリバイバルされるほど希少になってしまったんですね。

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飯山線のキハ110と並びました。

さてこのあと、しなの鉄道の別の115系に乗って軽井沢へ向かいます。

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2018年1月23日 (火)

E353系スーパーあずさと松本電鉄

昨年12月から運転開始した中央本線の新型特急車両E353系「スーパーあずさ」に乗ってみたくて、日帰りで長野県に行ってきました。

1月22日月曜日。まだ夜が明けきらない7時前、新宿駅に行くとすでにこれから乗る列車がいました。
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発車の10分くらい前にドアオープン。月曜日の朝一の列車だけあって、車内は出張に行くような感じのビジネスマンで混雑しています。

7時に発車。立川・八王子の停車でほぼ満席となりました。

頭上に目を向けてみると、予約状況の表示ランプが見えます。
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現在は消灯していますが、E353系への置き換えが完了後に使用するものと思われます。

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今や新型特急では必須アイテムとなったコンセントは、前の座席の足元に、各座席に用意されています。

快適な車内で過ごすこと約2時間半、松本に到着。このあとは松本電鉄上高地線に乗ってみます。

松本電鉄線に乗るのは、まだ元東急5000系が走っていた頃以来20年以上ぶり。久しぶりなので新島々まで1往復してみます。

松本電鉄線の現在の主力車両は元京王井の頭線用3000系。車両の妻面には京王時代のプレートが残されています。D50_1586
京王では“デハ”、松本では“モハ”という形式記号なんですね。

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製造年は昭和41年。もう50年以上も走っているんですね。

途中の新村では、朱色主体の旧塗装を再現した編成と列車交換しました。そこで、新島々まで行ったあと、折り返しの上り列車を新村までのどこかで途中下車して走行シーンを撮影することにしました。

スマホの地図機能を見ながら、三溝~新村間で撮影しようと思っていたら、それより手前の森口で列車交換してしまいました。朝の通勤時間も終わったから、毎回同じ駅で交換するものと思っていたら、違ってたんですね。

ひとまずそのまま乗り続けて新村で下車。新村には車両基地があり、ホームから見える位置に古い電気機関車が置いてありました。
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パンタグラフが上がっているので通電しているのかと思ったら架線がありません。よく見たらライトアップ用のケーブルがあり、どうやら静態保存されているようです。

この機関車、JR大糸線の前身である信濃鉄道(もちろん、第3セクターの「しなの鉄道」とは別法人)が昭和初期にアメリカから輸入した車両で、その後は国鉄や西武鉄道などで使われた後、松本電鉄にきたそうです。

道路から見える位置には、以前使われていた元東急5000系がいます。D50_1594
物置として使われているんでしょうか。塗装は松本電鉄で使われていたものから東急時代のいわゆる「青ガエル」に変更されています。

他にも、なにやら気になる木造の有蓋貨車らしきものが・・・。D50_1596
大正時代に作られたかなり古いタイプの貨車だそうです。

さて、列車の撮影に関しては新村駅付近はあまりいいポイントがなさそうなので、隣の北新・松本大学前駅まで歩いてみました。先にやってくる下り列車は、この駅の東側にある踏切から撮影します。D50_1606
大きくカーブを描きながらやってくるところを狙えます。長編成ならもっと画になったことかと・・・。

お目当てのリバイバルカラー編成は駅の西側から。
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どちらも片ポールで、すっきりした写真を撮れました。

撮影後、この列車で松本まで戻ります。この後、特急しなので長野へ向かいます。

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2017年11月23日 (木)

西武鉄道のレストラン列車「52席の至福」

西武鉄道では昨年春から車内でコース料理を楽しめるレストラン列車「52席の至福」という列車を運行しています。近年はJR九州の「ななつ星」に代表されるような豪華なクルージングトレインがブームで、一度は乗ってみたい魅力的な列車ばかり。でも、乗るのに数十万円かかったりする上に抽選倍率が高く、乗るためのハードルが非常に高い列車です。

そんな中にあって、この「52席の至福」は決して気軽に利用できるものではありませんが、手を伸ばせが届くくらいの料金なので、一度乗ってみたいと思っていました。この列車も人気が高く、すぐに満席となってしまいますが11月4日の土曜日にキャンセルが出たようで、ちょっと早い結婚記念日のお祝いを兼ねて乗ってきました。

この列車は子ども料金の設定はなく、大人がゆったりと食事を楽しむような趣向の列車なので、今回は子どもは保育園に預けて、夫婦二人でのお出かけとなりました。
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始発駅は西武新宿駅。乗車する際はレッドカーペットが敷かれて、テーブルに案内されます。
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指定された車両は西武新宿発車時点で先頭車両となる1号車。
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木材を多用した特徴的な天井が印象に残ります。

団体列車扱いなので、特に発車メロディーが鳴るわけでもなく静かに発車しました。早速ドリンクのオーダーを聞きにきたので、プレミアムモルツのマスターズドリームを注文。その後、発車して20分ぐらいで最初の料理が出ました。
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“軽く燻製したサーモンと色鮮やかの野菜のテリーヌ”

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こんな感じでいただいてます。

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“軽く仕上げたポルチーニのポタージュスープ 秋のリゾットとともに”

スープを食べ終わったところでそろそろ所沢到着。乗り物好きとして注目したいポイントが、新宿線から池袋線への転線。
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いくつものポイントを渡って池袋線下りへと転線しました。

所沢に着いたところで厨房を見てみました。
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さすがに車内で直火は使えないようですが、IH調理器を使って車内で調理しています。

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車内で売っていたオリジナルグッズ。

4号車は多目的スペースとなっていますが、運転室寄りのドアのある一画だけは種車のままあまり手を加えられていないようです。
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所沢で数分停車し、進行方向を変えて発車しました。小手指の車両基地を通過する際には、社員総出で旗と手を振ってお見送りがありました。
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なんか全社を挙げてもてなしてくれてるって感じがしますね。

武蔵藤沢を出て入間基地の近くを走っているころにメインの料理が出てきました。
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“武州豚のローストとバラ肉のパネ 2色のソースとサツマイモのドフィノワ添え”
この肉がとろけるような柔らかさで美味しかったです。ところで、昨日航空祭で21万人が集まった入間基地を今日は車内で料理を食べながら眺めましたが、今日は祭りのあとといった感じで寂しいものですね・・・。

メインを食べ終わり、もうすぐ飯能に到着といったところでデザートの前の飲み物。
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“よこぜのおいしい紅茶”手書きのメッセージカードが添えられています。

最後のデザートは飯能を出てから。
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“林檎のコンポートとジュレ バニラアイスを添えて”

それぞれの料理の量はあまり多くはありませんが、ゆっくりと時間をかけて食べるのでそれほど足りないとは感じませんでした。食べ終わったころに芦ヶ久保駅に到着。
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ここでは30分ほど停車するので駅前にある道の駅まで散策できます。

芦ヶ久保を出てから10分ほどで、終点の西武秩父に到着。降りるときも、レッドカーペットでお見送りとなりました。

今回はランチでの利用ですが、ディナーのコースもあったり、季節によって料理の内容が変わるのでまた利用してみたいですね。

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